撮影現場での様子 by 山戸監督

菅田将暉
撮影前に方向性として「夏芽のファム・ファタル(運命的な相手)としていて欲しい。告白して付き合って、デートに行くというごく普通の男女の段階をこの映画は踏みません。そういう一般化された恋愛関係の発展のさせ方を凌駕して、ただ、男と女が惹かれ合って触れ合う。それはコウが、言外にいつでも夏芽を誘惑しているからこそ、いつの間にか2人が触れ合ってしまうのは当然のことだと思えてくる、そんなふうに見えて欲しいとお伝えしました。この美しいふたつの肉体が惹かれあってしまうのは至極の道理なんだという存在でいてほしい」といったお話をしたんです。そうしたら菅田さんはちょっと遠い目になる感じで、「ああそういうことね」みたいな顔をされてるのが印象深かったです。事前打ち合せの中では、その言葉がいちばん伝わったのかなと感じて、実際イメージを叶えてくれました。

彼は体温というか、まとっているものが日によって変わる感じがありました。菅田さんを撮るならこう撮ろうとこちらがイメージを押し付けるんじゃなくて、彼の持ってる体温と世界をどう溶け合わせるのかという感覚を研ぎすまして見ていました。動物的な本能の部分みたいなものを見せられているかのように、刺激を受けれて、彼を撮るのはスリリングで楽しかったです。


小松菜奈
ホン(台本)読みの時に、私が「菜奈ちゃんの初主演映画だから、そう思って頑張るね」と言ったら、小松さんも「山戸監督にとっての初めての大きい映画だと思うので、頑張ります」と言ってくれたんです。私からはそういうことは何も言っていなかったので、女優さんが監督に対してそんな風に自主的に考えてもらえて、ああ本当に純粋な人なんだなと、心が動いた記憶があります。

撮影前に「小松さんを演出する上で、私は絶対に諦めることはなくて、私の方で小松さんがここまでだと決めることはなくて、『もっとできる、もっとできる』と言い続けるね」とお伝えして、あの透明な目で、小松さんは頷きました。私にとっては、それを映畫の神様が見ていると思うくらい、固い決意でした。そしてそれは実際の現場で実現されたので、こっちも苦しいけど、演じる方にとっても苦しいだろうし、一緒に山を登っていくみたいな感覚でした。いつもゴールは見えなくて、可能性がある限りリテイクする過酷さの中で、弱音を吐かずに戦ってくれました。

重岡大毅
速射的な反応があることが、すごく面白かったです。長い年月をかけて構築的に作っていくお芝居もあると思うんですが、アイドルの方は女性も男性も、超短期的な運動神経の良さ、身体反応の良さを持たれているので、そこがものすごい武器になるんです。その場で問いを投げて、彼から返ってくるものはとてもエキサイティングに撮らせていただいたと思います。

大友さんと夏芽のキスシーンは本当に粘って、非常に細かいところまで言いながら長回しで撮りました。カットを割ってしまったらもっと容易に撮影はできるんですが、キスシーンって、口と口が即物的にひっついてる画が大事なんじゃなくて、キスするまでの間合いや空気の流れがどう変容するのかの方が、女の子に繊細に響くところなんです。その場にはカメラマンさんと私と重岡さんと小松さんだけしかいなくて、すごく静かな部屋で、一つ間違えば違ってしまうという、後戻りできない空間でした。その一つの間違いを見逃さないように、全員が、ギリギリまで集中しました。

あと、スタイリストの伊賀大介さんにお願いして、絶妙に変なクマのTシャツを持ってきていただいて。衣装合わせの時に、重岡さんにいろんな種類のクマを合わせて考えました。夏芽に会って、お洒落しようとして、でもちょっと違うっていう。重岡さんは「どのクマになるのかな」と不安に思ってたかもしれないですね。